[カーボンニュートラルの背景]
18世紀半ばに起こった産業革命は、人びとに豊かな暮らしをもたらすことと引き換えに大きな環境問題を引き起こし、この環境問題への対処は、その後世界共通の課題となりました。
そのような中、気候変動に取り組むための枠組みとして1997年に京都で開催された気候変動枠組条約第3回締約国会議(COP3)で先進国に対して、
二酸化炭素などの温室効果ガスの排出削減を義務付ける京都議定書が発効されました。
その後、2015年11月30日から12月13日までの期間にパリ郊外で実施された
「国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)」にて採択された国際条約(パリ協定)で長期的な目標として、【世界的な平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保つとともに、1.5℃に抑える努力を追求する】こと、またそのために、できるかぎり早く世界の温室効果ガス排出量をピークアウトし、21世紀後半には、温室効果ガス排出量と(森林などによる)吸収量のバランスをとる、カーボンニュートラルを実現することが定められ、これが世界共通の目標となりました。
日本では、2020年10月26日の所信表明演説で、当時の菅内閣総理大臣が
2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指すことを宣言しました。
「温室効果ガス」には、CO2(二酸化炭素)だけに限らず、メタン、N2O(一酸化二窒素)、フロンガスなどの種類があります。
これらの温室効果ガスについて、「排出を全体としてゼロにする」とは、「排出量から吸収量と除去量を差し引いた合計をゼロにする」
ことを意味し、差し引きゼロ、正味ゼロ(ネットゼロ)を目指しましょう、ということであり、これが、「カーボンニュートラル」の「ニュートラル(中立)」が意味するところです。
[カーボンクレジットの概要]
カーボンクレジットは、温室効果ガス(GHG)の排出削減や吸収量を数値化し、取引可能な証書として扱われるものです。
企業は、自社の排出量を削減する努力をしても削減しきれない部分を、カーボンクレジットを購入することで相殺(オフセット)し、カーボンニュートラルを達成することができます。
再エネ・省エネによる削減量や、森林・海洋環境の再生による吸収量に「CO2換算1トンあたり何円」と価格を付けて取引を行います。
2023年の世界全体のクレジット発行量は約57億トンで、同年の世界の温室効果ガス排出量の約10%を占めています。
クレジットというかたちで経済的な価値が付くことで活動が持続可能になり、炭素吸収技術などのイノベーション促進や、新たな産業の創出などが期待できます。クレジットを販売する側は、経済的インセンティブを得ることができます。一方、クレジットを購入・使用する側は、クレジットによって自社のGHG排出量を相殺する権利が得られます。
[カーボンクレジットの種類]
カーボンクレジットは対象となるプロジェクトによって、「削減系」と「除去・吸収系」の2種類に分けらます。
1. 削減系
削減系とは、そのプロジェクトを行なっていなければ発生していたであろう温室効果ガス(GHG)排出量と、プロジェクトの実施によって削減できた差分をクレジット化するものです。以下のような事例があります。
1-1.自然ベース
森林、泥炭地、沿岸部などの自然環境保護することで削減
1-2. 技術ベース
再生可能エネルギー、省エネ機器、水素、アンモニアなどを使用することで削減
2. 除去・吸収系
除去・吸収系は、すでに大気中に出てしまった温室効果ガス(GHG)を除去・吸収するプロジェクトをクレジット化するものです。
2-1. 自然ベース
森林、泥炭地、沿岸部など失われた自然環境の再生で吸収
2-2. 技術ベース
・DAC:大気中の温室効果ガス(GHG)を回収
・BECCS:バイオマス発電(木質など)とCCSを組み合わせGHG排出量を実質ゼロにするという技術
・CCS:発電所から出るGHGを回収し地中に封じ込めるもの
[J-クレジット]
日本政府が2013年に設立し、環境省、経済産業省、農林水産省が運営し、以下の6ジャンルをクレジットの対象にしています。
1. 省エネルギー
ボイラー、ヒートポンプ、空調設備、照明設備、コージェネ、変圧器、未利用排熱利用、電気自動車、IT技術など、省エネにつながる技術の導入・更新
2.再生可能エネルギー
太陽光発電、風力発電、水力発電、バイオマス発電、再エネ由来の水素・アンモニアによる化石燃料・電力の代替
3. 工業プロセス
マグネシウム溶解鋳造用カバーガスの変更、麻酔用N2Oガス回収・分解システムなど、脱炭素技術の導入・更新
4. 農業
GHG削減につながる家畜飼料や排せつ物管理、バイオ炭(木材や竹、もみ殻などの生物資源を、酸素が少ない状態で加熱して作られる炭)の農地利用、水稲栽培における中干し(稲の生育期間中、田んぼの水を抜いて田面を乾かす作業)期間の延長など(メタンガス排出量を削減)
5. 廃棄物
微生物活性剤による焼却場の化石燃料使用削減、食品廃棄物等の埋め立てから堆肥化への処分方法変更、バイオ潤滑油の使用
6. 森林
森林経営、植林、再造林
J-クレジットの対象プロジェクトは、日本政府がNDC(※1)達成に資すると認めたものです。
国や自治体への報告でも活用でき「地球温暖化対策の推進に関する法律」(温対法)と「エネルギーの使用の合理化等に関する法律」(省エネ法)では、オフセットが認められています。さらに、一部はSBT(※2)やCDP(※3)といった国際的なイニシアティブへの報告でも使用できます。
J-クレジットの需要は年々増えており、2013年当初はプロジェクト登録件数244件・認証量3万t-CO2だったのが、2024年11現在は1152件・1075万t-CO2になり、引き続き日本国内の中心的なカーボンクレジットとして、成長が期待されています。
※1:NDC(国別削減目標)とは、政府がパリ協定にもとづいて決めた削減目標。日本は2030年度に46%(2013年比)、2050年ネットゼロを公約
※2:SBT(Science Based Target):科学的根拠にもとづく目標
※3:CDPは英国・ロンドンに本部を置く非営利団体で「気候変動」、「水セキュリティ」、「フォレスト(森林)」の3ジャンルで企業や団体の取り組みを評価し、8段階で格付けを行う。
[Jブルークレジット]
「ジャパンブルーエコノミー技術研究組合」が運営するボランタリークレジットです。
同団体は海洋の保全・再生・活用などのブルーエコノミー事業の活性化を目的とした研究者・技術者・実務からなる認可法人として、2020年に発足しました。
海藻や海草、干潟、マングローブといった海洋資源は「ブルーカーボン生態系」と呼ばれ、数百年から数千年にわたってGHGを吸収する働きがあります。
森林などの陸上資源とともに、吸収源として活用するために「J-ブルークレジット」が設立されました。
対象プロジェクトは2024年現在50以上あり、藻場の再生、護岸工場による生態系の育成、藻類を食べ尽くすウニの除去など多岐にわたります。
[カーボンクレジット市場]
これまで日本国内でのカーボンクレジット取引は、販売側と購入側の2者による相対取引が基本でした。それが近年になって、取引市場が相次いでオープンしています。
市場ができることで価格相場の透明性が確保され、参加のハードルが大きく下がっています。
[JPXカーボン・クレジット市場]
JPXカーボン・クレジット市場は、東京証券取引所が2023年10月に開設した、J-クレジットを取引する市場です。
規模の大小や業種を問わず企業や自治体が参加でき、その数は2024年11月現在300を超えています。
取り扱うのはJ-クレジットで、開設からの1年間で取引量は累計50万t-CO2を超えました。
加えて2024年11 月から「超過削減枠」の取引がスタートしました。これは政府が進める「GXリーグ」参加企業を
対象に排出量取引として行うもので、自社の目標以上の削減量を達成した分を、達成できなかった企業に販売するというものです。
以上のように、J-クレジット、Jブルークレジットによって、温室効果ガスの排出量削減や吸収量拡大が促進され、
カーボン・クレジット市場の取引が活性化されることによって、日本のカーボンニュートラルが実現することを願い、支援していきたいと考えます。
また、世界の国々が温室効果ガスの排出量削減や吸収量拡大の技術を共有し、全世界的にカーボンニュートラルが実現することを願います。